考えたこと

ぶりっ娘とはキャラクターにのみ許された特権である

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ぶりっ子

何かしらの事柄に対して思考を巡らせて答えを出すといったことを気づいたらよくやっています。

せっかく導き出した答え……ブログ記事で残してみようという企画「考えたこと」をはじめようとおもいます。

本シリーズの記念すべき第一回は、何年か前に別のブログで記事にした「アニメ・マンガのキャラクターのマネをするとなぜ痛々しいのか?」をテーマにもう一度あらためて考えてみることにします。

ぶりっ子が忌避される理由

嫌い

芸能界にもぶりっ子キャラを売りにする女性タレントはいらっしゃいます。

いわゆるぶりっ子タレントというキャラクターは、「実は計算でやっているんだろう?」と周りからいじられることまで含めて、一つの様式美として確立されています。普通の人はぶりっこ的行動・言動をしない、という共通認識が浸透していない限り、こういったネタは成立しません。

その一方で、計算で行う人がいる以上、ぶりっこ行動・言動はかわいいものである、といった共通認識も浸透していると言えます。

すなわちぶりっ子とは、可愛いと思われたい人が計算でやるものであり、少しでも自分を良く見せようという意識の現れです。ぶりっ子を見て嫌悪感を抱く人は、この計算意識が受け入れられないのでしょう。

 

キャラクターのぶりっ子行動・言動なら許される……?

ごすろり

現実の人間のぶりっ子行動・言動が受け入れられない(計算で行っていると断定される)一方、キャラクターのそれは純粋な気持ちでの行動だと受け入れられます。現実の人間は「ふにゅう、おなかすいたよぉ……」と言うわけがないのに、美少女キャラクターが言うと真に迫って聞こえるものです。

これは行動・言動を行う意思の持ち主が、自己か他人かの違いによるものです。現実の人間は全て自由意志を持ちます。いくら他人から強要されようと、最終的に行動すると決めるのは自分であるのです。それゆえに現実の人間が発した「ふにゅう」には、どれだけ突き詰めても常に計算から出た発言である可能性を拭いきれません。

その一方、キャラクターに自由意志はありません。萌キャラクターは自分で「ふにゅう」と言おうなんてことは考えません。これらの言動はすべて作者によって言わされているのです。そのため萌キャラクターのセリフは、作者が「計算である」と規定しない限り計算ではありません。

もちろんキャラクターの発言した「ふにゅう」には、「こういうのがかわいいだろう」という作者の計算は介在します。むしろ100%計算から出た発言と言えます。ですがこれを理由にキャラクターに嫌悪感を抱くことは「キャラクターは作者の創作物である」と認める甚だナンセンスな態度であります。少なくとも物語に接するときは、サンタもアンパンマンも本当に存在するものだという前提で接する方が十倍も二十倍も楽しめると思います。

 

まとめ:裏のないぶりっ子発言は自己意思ではできない

現実の人によるぶりっ子行動・言動が受け入れられないのは、自分を良く見せようという計算の可能性を敏感に感じ取るからです。

キャラクターが裏のない(計算でない)ぶりっ子行動・言動をできるのは、自己意思ではなく作者によって「させられている」からです。

キャラクターのぶりっ子行動・言動には作者の計算が100%存在しますが、キャラクターを楽しむ際にそんなことを考えるのは野暮というものです。

 

あとがき

ちょっと今回は趣向を変えてこんな記事にしてみました。

まあネタが出なくなってきただけなんですが……。

久々にこういう事を考えたので楽しかったです。

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